ロボット屋の記録

ロボティクスに関する雑多な学びの記録

制御工学の基本用語

本記事の目的

制御工学を学び始めると,まず参考書の第1章で多くの専門用語を紹介されます.
これらは非常に重要ですが,初学者にとっては新しい情報の洪水のようで,受け止めきれないことも多いと感じます.

そこで少しでも整理しやすいように,各用語の気持ちを加えつつ,これらを紹介します.

想定する読者

  • 用語の適切な説明を忘れてしまった将来の自分
  • 制御工学を学び始める方

前提とする知識

何もなくても読める記事を目指しますが,「制御とは何か?」というイメージは掴めていると理解しやすいと思います.
該当する私の過去記事は以下のものです.

tenorea.hatenablog.com

目次

1. 制御の構成要素

まず「制御する」という行為が成り立つためには,最小で3つの要素が必要です.
各要素の説明をする前に,それぞれの関係を下の図に整理しました.

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制御の最小構成要素
なお,このような図は制御工学でよく用いられるもので,「ブロック線図」と呼ばれます. 何かしらの機能をブロックで表現し,やり取りされる情報やエネルギーなどをで表現します.

さて,それでは各要素について,節を分けて以下に説明します.

1.1. 制御対象

注目している対象です.
この制御対象の状態を何かしらの目的に合うようにすることが制御の目的です.

例えば,部屋の照明を点けるためにスイッチを操作する場合,照明が制御対象です.

1.2. 操作量

制御するために対象に加えられるものです.

例えば,ある物体を押して所望の位置へ移動させる場合では,押す力が操作量です.

この操作量は,制御入力と呼ばれることもあります.

1.3. 制御量

制御対象に関する何らかの値であり,これを目標の値にすることが制御の目的です.

例えば,上述の部屋の照明の例では照明の点灯状態制御量です.
物体を押して移動させる例では,物体の位置制御量です.

この制御量は,制御出力と呼ばれることもあります.

制御されるのは制御対象?それとも制御量?

よく,制御対象は「制御される対象」と説明されます.
しかし制御量も「制御される量」とか「制御される出力」などと説明されます.

果たして「制御される」のは制御対象と制御量のどちらなのでしょうか?

これは「制御する」という言葉の意味が広いため,はっきりと分けることは難しそうです. したがって,文脈によって判断する,と思っておくのが良いでしょう.

例えば,ある物体を指して,これを制御するか否か話している際には,「制御される」のは「制御対象」です.

一方,例えばロボットの手先について,位置を制御するのか,力を制御するのか,といった話をしている場合,ここでの「制御する」の目的語は「制御量」ということになります.

「制御」という概念は様々なものを対象とするために抽象化されています.
そのため,このような「今注目している範囲はどこか?」によって指すものが変わるということが多々あります.

2. フィードフォワードとフィードバック

制御方法は非常に多く提案されており,様々な分類方法があります.

ここで説明する分類の分かれ目は,操作量(制御入力)を決める際に制御対象の状態を用いるか否かです.

非常に重要ですので,節を分けて以下に整理します.

2.1. フィードフォワード制御

制御対象の状態とは無関係に操作量を決める制御方法です.
つまり,制御を開始する前に操作量を決めることができます.

例えば,紙くずを投げてゴミ箱に入れようとする場合を考えます.
紙くずを制御対象,投げる力や方向を操作量,紙くずが落ちる位置を制御量とすれば,これはフィードフォワード制御です.

ただし,「制御対象の状態とは無関係に」というのは,制御対象の情報を全く用いない,ということではありません.

先ほどの紙くずの例で言えば,我々人間は紙くずを持った時の重さや大きさによって変わる感覚をもとに,過去の経験から投げ方を決めるはずです.
したがって操作量を決める際に,制御対象の情報を用いています.
しかしそれは制御開始前,つまり投げる前のことで,投げた後に紙くずの軌道を修正することはできません.

さてこの例の場合,紙くずの重さや大きさ,空気抵抗のはたらき方などが想像と異なると,紙くずは予想外のところへ落ちます.
さらに,紙くずを投げた後に不意に風が吹いてしまうと,もはやゴミ箱に入らないのは当たり前とも言えます.

このように,フィードフォワード制御では制御対象の動きの予想が外れていたり,不意の邪魔が入った際,思い通りの結果を達成できなくなります.

2.2. フィードバック制御

制御対象の状態を観察し,それに基づいて操作量を決定する制御方法です.
世の中の多くの制御はフィードバック制御です.

例えば,我々が普段歩く際,思い通りの方向へ進むためにもフィードバック制御が活用されています.
ここでは目というセンサで自分の現在の進行方向を知り,それが思い通りの方向と一致するように歩き方を調整しています.
もし目を閉じて歩けば,大抵の人は思い通りの方向へ歩けないでしょう.

フィードバック制御を行うためには,上の例での「目」のように,何かしらのセンサが必要になります.

3. 開ループと閉ループ

フィードフォワード制御フィードバック制御は,それぞれ「開ループ制御」「閉ループ制御」と呼ばれることもあります.
これは,それぞれが下の図のように表現できることに起因しています.

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フィードフォワード制御(開ループ制御)
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フィードバック制御(閉ループ制御)

フィードフォワード制御では,操作量が制御対象に加えられ,その結果として得られる制御対象の制御量に注目します.
このように流れが一方通行であるものを,開ループと言います.

一方フィードバック制御では,制御対象の状態が操作量の決定に用いられるため,フィードフォワード制御の流れの向きとは逆の方向へ伝達される情報があります.
このように閉じた形となる(図形的に内側と外側に分かれる)ものを閉ループと言います.

開ループは何が「開いている」の?

私が最初に制御工学を勉強した際,『何で「開」なんだ?そもそも,何に対して開かれているとか閉じているとかを話しているんだ?』と感じ,なかなかしっくりきませんでした.

今の時点では,とりあえず閉ループの方は図形的に閉じている感じがするので納得することにして,開ループの方は「閉ループじゃないから開ループ」くらいの気持ちでいようと思っています.

開ループの方も閉ループと同じように図形的に見れば確かに開かれているとは思うのですが,閉ループと違ってどうも図形的に見にくい印象があります.
そこで上のように解釈しています.

4. 手動制御と自動制御

紙くずを投げる例では,私という「ヒト」がある物体に作用し,その状態(落ちる位置)を制御していました.
このように人手を介して行う制御を,「手動制御」といい,そうでない場合を「自動制御」と言います.

このような呼び方がありますが,私としてはあまり意識しなくていい分け方だと思っています.
「制御工学」は対象の数学的モデルに注目して議論する学問ですので,構成要素に「ヒト」がいるかどうかは重要ではないのではないか?と考えています.
また,人手を介するか否か,という分け方では上手くいかないことも多いです.

例えば,上で挙げた歩行の例でもヒトが関わっていますが,これは「自動制御」と呼ぶ方がいいように思います.
その根拠は,ヒト以外の何かを制御していないので,「手動で何かしてる」感がない,というとても曖昧なものです.
(これに関しては,他の方の意見も聞いてみたいです.)

また,近年さらに活発に研究されている遠隔操作は,一部が手動制御で一部が自動制御と言えます.
したがって遠隔操作全体を指す場合,それが手動制御なのか自動制御なのかは,何とも言えないと思います.

このようなことから,手動制御と自動制御の区分については,そういう呼び方もある,程度の理解で良いと思っています.

5. 制御系の構成要素

前節では,制御にヒトが関わるか否か,に注目しました.
このように制御に関わるものを全てまとめて,「制御系」と呼びます.

「系」って何?

ここで用いられる「系」という言葉は,「システム」とも呼ばれ,非常に多くの場面で使用されます.
系(システム)とは,いくつかの要素で構成される集合体のことです.
これに該当するものは無数にありますので,注目する範囲によって様々なものをシステムと呼べます.

例えば,ロボット全体はシステムです.
しかし見方を変えると,ロボットの構成要素であるセンサも,様々な電子部品で構成されたシステムです.
さらに見方を変えて,ロボットが関与する環境そのものをシステムと捉えることもあります.

なお,システムに加えられるものを「入力」,システムから得られるものを「出力」と呼びます.
入力と出力を合わせて,「入出力」という言葉も良く用いられます.
システムと同じように,何を入出力とするかは様々です.

制御系を構成する要素は,その役割に応じて以下のように呼ばれます.

  • 制御器/調節器:アクチュエータへの信号を生成する要素
  • アクチュエータ/操作部:制御対象に直接作用する要素
  • 制御対象(既出):制御される対象
  • フィードバック要素/センサ/検出部:制御対象の状態を読み取り,信号に変換する要素

この中で,アクチュエータは制御対象に含まれることが多いです.

例えば,カメラで対象の位置を読み取り,電動モータによって動くアームでその対象を掴むロボットを考えます.
この時,センサはカメラ,アクチュエータは電動モータです.制御器は制御用PCで実現されるでしょう.

これらの要素の間でやり取りされる信号には以下のような呼び名があります.

  • 目標値:制御の目標を示す信号
  • フィードバック信号:フィードバック要素から得られる信号
  • 制御偏差/動作信号:目標値とフィードバック信号の差
  • 操作量(既出):制御対象に加える信号
  • 制御量(既出):目標値に追従すべき信号
  • 外乱:外部から制御系に加えられる望ましくない信号の総称

「外乱」を除く用語は既に説明した内容から理解できると思います.

外乱は,様々なものが考えられます.

例えば,物体を押して動かす際,押す力以外に何かの力がその物体に作用していれば,それは外乱と呼べます.
また,センサと制御用PCの間でやり取りされる信号に,電気的なノイズが加わっていれば,それも外乱と呼べます.
さらに, 制御用PCからアクチュエータに送られる信号にも,電気的な外乱が加わる可能性があります.

良い制御系には,このように色々と考えられる外乱からの影響を抑えることが求められます.

6. まとめ

本記事では制御工学を学ぶにあたって,知っておいた方が良い基本用語を整理してみました.

他にも候補になる用語はあるのですが,ここでは用語の数を最低限に留めました.
説明できなかった用語については,それらに焦点があたる時に触れようと思います.

7. 参考文献