制御工学と微分方程式
本記事の目的
制御工学では多くの数式を扱います.
また,工学であるにも関わらず対象が抽象的なため,分かりにくい印象を持たれます.
このような抽象性から,数学っぽさの強い学問と言え,数学的議論に不慣れな方にとってはこの点が理解を妨げる根源の一つではないでしょうか.
本記事では,制御工学で数学的議論を行う理由について,制御と微分方程式との繋がりの観点から整理してみようと思います.
難しい数学的議論を一生懸命学ぶ理由を知ることで,モチベーションを維持しましょう.
想定する読者
- 制御工学を最初から学び直そうとしている将来の私
- 制御工学を学び始める方
目次
1. 制御とは?
「制御する」
まず,そもそも「制御する」とはどういうことでしょうか?
簡単に言うと,「ある注目するものを思い通りに操ること」です.
もう少し細かく表現すると,「ある対象に関するある状態を,ある目的に適合させるため,その対象に何らかの操作を加えること」と言えます.
以降では,「対象に操作を加えた結果,対象の状態が変化すること」を,「現象」と呼びます.
つまり,上に書いた「制御する」とは,「ある目的に適合する現象を起こすこと」と言い換えることもできます.
「現象を理解する」
それでは,上述した制御を実際に行うためには何をすればいいか考えてみます.
何らかの操作によって対象の状態を目的の状態にするためには,対象が操作に対してどのように反応するかを知っている必要があります.
例えば,帰宅して照明を点けたい時,私たちは当然のように対応するスイッチを操作します.
ここで操作対象となる照明を直接つついたり叩いたりしてみる人はほとんどいないでしょう.
このような行動は,私たちがスイッチによって照明の状態が切り替わるという「現象」を知っているからこそ実行できる行動です.
これと同じように,制御工学ではまず「現象」を理解することから始め,その後に操作の仕方を考えます.
現象を理解するための一つの方法として,現象を数式で表現し,その数式を用いた調査(解析)を行います.
2. 現象を表現する数学的モデル
現象を数式で表現する方法は様々あると思いますが,ここでは記事のタイトルにある「微分方程式」に注目します.
微分方程式の代表的なものとして,以下に示すニュートンの運動方程式(運動の第2法則)がよく知られています.
ここで,はある物体の質量,は物体の加速度,は物体の位置,は物体に加えられる力としました.
この式は物体の位置の変化率である速度の,そのまた変化率である加速度と力の関係を示しています.
このように,世の中の多くの「現象」は微分方程式で表せることが様々な学問の取り組みによって分かっています.
このことを利用して「現象」を数式として表せば,その現象の特性を調べることができます.
なお,このような「現象を表す数式」を,「数学的モデル」などと呼びます.
2.1. 例1:バネマスダンパシステム
数学的モデルの代表例の一つとして,バネマスダンパシステムを紹介します.
これは下図に示すような物体の運動を表現する微分方程式です.
車輪のついた物体がバネとダンパという2つの機構部品によって壁に繋がっている状態です.
車輪により,物体は摩擦抵抗なしに左右方向へ移動できるものと考えます.
バネは一般によく知られている部品です.
伸ばせば縮む方向に力を発揮し,逆に縮ませれば伸びる方向へと力を発揮します.
これを表現すると,バネによる力をとして,以下のように書けます.
ダンパはバネよりは知名度の低い部品ですが,バネの速度版と思えば理解しやすいです.
つまり,移動しようとする方向へ速度が生じると,それとは逆の方向に力を発揮します.
ドアが勢いよくバタンと閉まらないようにする機構をよく見ると思います.
このダンパによる力をとすると,以下の式で表せます.
物体にはバネとダンパによる力の他に,外部から与えられる力(外力)も加えられています.
これらをまとめると,式\eqref{eq1}と同様,ニュートンの第2法則より,以下の式を得られます.
なお,慣習にならって外力を右辺に書き,それ以外を左辺にまとめました.
2.2. 例2:RLC回路
制御工学の参考書では,多くの場合,上記のバネマスダンパシステムと,RLC回路が紹介されています.
それはこの2つを表現する微分方程式に非常に重要な共通点があるためです.
RLC回路を下図に示します.
左側の電圧がこの回路を通過し,という電圧として出力されます.
この時のはコンデンサの両端の電圧と等しいので,次の式で表せます.
ここではを印加し始めた瞬間のとし,はコンデンサの容量[F]としました.
式\eqref{eq5}の両端を微分して整理すると,回路を流れる電流を次式で表せます.
抵抗とコイルの両端の電圧はこの電流を用いて表現でき,との差はこれらの両端の電圧の和になります.
したがって,式\eqref{eq5}を代入して一気に整理してしまうと,次式を得ることができます.
2.3. 共通する特性
例示した2つの微分方程式はそれぞれ,物体の力学的な現象と,回路の電気的な現象を表現しています.
このように運動方程式や回路方程式などの,対象の第一原理に基づいて数学的モデルを得ることを「第一原理モデリング」と呼ぶこともあります.
つまり,式\eqref{eq4}と式\eqref{eq6}はそれぞれ異なる対象の異なる第一原理に基づいて得られた数学的モデルです.
このような違いにも関わらず,これらの式の形は非常によく似ています.
例えば,式\eqref{eq4}において,と書き換えると,次式となります.
同様に式\eqref{eq6}についても,と書き換えると,式\eqref{eq7}となります.
どちらにおいても,が何かしら具体的な値を持つパラメータであり,が対象に加えられる操作,が状態を示している点は変わりません.
つまり式\eqref{eq7}は,例示した2つのシステムを抽象化し,どちらも表現できる数式として整理したものと言えます.
2.4. 抽象化による汎用性向上
このようにあるものの集まりに対して,それらに共通する特徴に注目し,調べる方法があります.
それは「数学」です.
数学で対象となる数式は高度に抽象化され,もはやそれが現実における何を表しているかは議論になりません.
しかしご存知のとおり,数学における様々な成果は,私たちが暮らす現実世界の発展に大きく貢献しています.
これは,抽象化した数式を調べた結果を,同じ特徴を持つ集まりを調べるのに利用できるためです.
つまり,式\eqref{eq7}を調べて判明した特性は,式\eqref{eq4}で表される物体の運動や,式\eqref{eq6}で表される回路の挙動にも共通する特性として類推できます.
このことを利用すると,一つ一つの対象を調べ上げなくても,式\eqref{eq7}についてだけ入念に調べ上げれば良いことになります.
このように,あるものに対する結果から別のあるものについて類推することを「アナロジー」と言います.
そして制御工学とは,多くの対象にその成果を利用できるよう,数学と同じ方法を取ります.
つまり,まず抽象化された数式に対して,その特性を調べ,目的の状態にするための操作を考えます.
次にそれを実際の対象に適用し,制御の目的を達成するわけです.
もし同じ数式で表現できる別のものを制御したくなったときは,すぐに以前の結果を利用することができます.
これが冒頭で触れた,制御工学で多くの抽象化された数式を扱う理由です.
3. まとめ
本記事では制御工学で数式を扱う理由を整理しました.
簡単に言えば,一つ一つの対象をいちいち調べていては大変なので,多くの現象を表現できる数式を対象にして調べるためです.
そして微分方程式が多くの現象を表現できることから,微分方程式の難しさに挑むことになります.
蛇足ですが,このような抽象化の効果を利用する一方で,制御の対象があくまで現実に存在するものであることを利用する考えもあります.
あまり数学的に考えすぎると一般的になりすぎて扱えない問題も,実は対象の第一原理に基づいて問題を限定すれば色々と調べられる場合もあります.